2009年 07月 08日

夏の祭禮。

わが町の氏神は龍口明神。隣町の稲村ヶ崎・極楽寺地区のそれは八雲神社(またの名を熊野新宮)。その祭禮が5日から始まり、12日まで続く。
(RICOH GR DIGITAL 2)
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極楽寺地区の入り口で、上の写真の右側に見えている導地蔵のお堂の中に、お祭りの間だけ、山車武者人形が飾られている。武者人形の由緒が書かれた札がある。
「人物は源義家(俗称八幡太郎義家)と鎌倉権五郎景正の二名である。時は後三年の役(応徳二年=1085年)源義家軍兵を率いて金沢城(現在の秋田県横手市)に進軍途上、山中にて水不足に苦しむ義家馬上より降りて源氏の守護神男山八幡に祈念を込め傍らの岩石を弓をもって突き崩した途端、清水がこんこんと湧き出で、全軍は神助の賜と、これで渇きを癒し、意気揚々として進軍した故事を表現したもので、人形の場面は義家が岩を突き立て湧き出た清水を武将景正が兜で受けているところである。 総代」
源義家の曾孫が源義朝で、その子が源頼朝。義朝の館は、今の寿福寺の場所にあった。鎌倉権五郎景正は、御霊神社に祀られている。
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by hirofumi_nakayama | 2009-07-08 22:42 | in Kamakura city | Comments(8)
Commented by kayo at 2009-07-09 06:20 x
1枚目の写真を見て右手の建物の中がそうなっているのだろうと思っていたら、2枚目で紹介されていてうれしかったです。
衣装や幕をじっくり見たいものです。
Commented by hirofumi_nakayama at 2009-07-09 08:07
biwakokayoさん、それでは、もう一枚、導地蔵の正面から撮影した写真を加えることにしました。
Commented by biwakokayo4 at 2009-07-09 13:47
>武将景正が兜で受けているところ
が見えました。
後の幕も大きくて見事な刺繍で盛り上がっていますね。
これらが作られたのはいつ頃?
こういうものを見ると歴史が現実にあったこととして
鎌倉時代に思いをはせます。
ありがとうございました。

Commented by 湘南浜童 at 2009-07-09 21:28 x
また、七里の実家に行きたくなりました。
祭りって良いですよね。
七里のプロムナードはいにしえの感はないけど、七里2丁目の亀公園のお祭りは結構好きでした。
Commented by hirofumi_nakayama at 2009-07-09 23:13
biwakokayoさん、垂れ幕、私も気になります。もう一度、取材に行きたくなりました。
Commented by tossy at 2009-07-09 23:13 x
また、ここにお邪魔してしまいました。まつりは楽しいですね。
ふだんはなんでもない風景が御神灯と3人の女性、それにチラツと見えるバイクがなんともいえないアクセントですね。なんだか癒される画です。思わず極楽寺歩きたくなりました。
Commented by hirofumi_nakayama at 2009-07-09 23:15
湘南浜童さん、腰越でも祭りが始まっていますね。昨夜は、いくつも踊りの輪ができていましたよ。
七里2丁目の亀公園、取材に行ってきます。
Commented by hirofumi_nakayama at 2009-07-09 23:24
tossyさん、いらっしゃい。極楽寺の界隈は、モダンな喧噪から離れた静かで人肌の感じられる町です。導地蔵の右隣にある五木田商店という小さなタバコ屋兼駄菓子屋でアイスキャンディーを買って、導地蔵の縁台で食べながらあたりを眺めていると、のんびりします。


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